| 出典:政治評論家・日本記者クラブ会員 2017年2月10日 |
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![]() とうとう、ここまできたか──。日に日にエスカレートしていく安倍政権の歴史修正主義だが、いよいよ連中は「神武天皇は実在した」なるトンデモまで喧伝しだしたらしい。 念のため最初に言っておくと、神武天皇は8世紀の「古事記」「日本書紀」(あわせて記紀という)を基にした“初代天皇”だが、もちろん実在したとは立証されておらず、ときの政治権力である朝廷がその支配の正当性を説くために編み出した“フィクション”というのが歴史学の通説だ。 ところが最近、安倍政権周辺から「神武天皇は実在の人物でその建国の業績を讃えるべき」という主張が次々飛び出してきているのだ。 自民党の三原じゅん子参院議員が、先の参院選投開票日のテレビ東京の選挙特番で、VTR取材中に「神武天皇の建国からの歴史を受け入れた憲法を作りたい」と発言していたことについて、MCの池上彰から神武天皇は実在の人物だったとの認識かを問われ、「そうですね。そういう風に思ってもいいのではないか」と“珍回答”。 池上が呆れて「学校の教科書でも神武天皇は神話の世界の人物ということになってますが?」とツッコんだのは記憶に新しい。 このトンデモ発言にはさすがの有権者も「まあ、三原じゅん子だから」と一笑に付したが、しかし、どうもこの神武天皇実在論は、安倍政権の中枢にしかと根付いているようだ。 たとえば今月、11月3日の「文化の日」を「明治の日」に改称すべしとの運動を展開している「明治の日推進協議会」なる団体が都内で決起集会を行った。同団体の役員名簿には小田村四郎、小堀桂一郎、大原康男、伊藤哲夫、百地章など、おなじみの日本会議系人物がちらつく。 その集会に、安倍首相の盟友である古屋圭司自民党選対委員長、稲田朋美防衛相らが参加。稲田は壇上でこう息巻いたという。「神武天皇の偉業に立ち戻り、日本のよき伝統を守りながら改革を進めるのが明治維新の精神だった。その精神を取り戻すべく、心を一つに頑張りたい」(朝日新聞11月2日付) ……おいおいマジかよ?と突っ込まざるをえないが、この安倍政権の神武天皇ゴリ推しを“機関紙”の産経新聞もバックアップしている。 今年8月には『神武天皇はたしかに存在した』(産経新聞取材班/産経新聞出版)なる書籍を出版。記紀にある日向(現在の宮崎県)から大和(奈良県)までの「神武東征」を追いかけるルポだが、完全に神武実在が前提になっており、置いてけぼり感満載の一冊に仕上がっている。
たとえば「日本書紀」の記述は天地開闢から始まる神武以前が神代、神武以降が人世の歴史とされているが、明治政府は神武天皇即位の年=皇紀元年を紀元前660年とした。実に縄文時代後期である。 そんな、人々はもっぱら狩猟採集生活で文化といえば土器みたいな時代に、神武天皇は「天下を治めるためには東に行けばいいんじゃないか」と思いついて、大和までの長い旅に出たというのだが、記紀が描く道中の出来事はあからさまに現実味がない。 たとえば、亀の甲羅に乗った釣り人(地元の神)に明石海峡から浪速までの海路を案内してもらったり、突如、助っ人が神のお告げで天の神がつくった剣を持ってきてくれたり、かと思えば神の仰せで八咫烏が吉野まで先導してくれたり、はたまた天の神がやってきて証拠の宝物を見せて神武に仕えたりと、「史実」とみなすには神がかり過ぎている。 さらにいえば、神武を含む古代天皇の年齢も解釈に苦しむ。たとえば「日本書紀」によれば、神武天皇崩御時の年齢は127歳で、「古事記」では137歳とある。そんな超長寿なんてありえないだろう。年齢を2で割ると丁度良くなるとする説もあるが、すると逆に皇紀自体がおかしくなってくる。 なお、初代天皇となった神武の後を継いだ綏靖天皇から開化天皇までの8人については、なぜか、その実績がほとんど記されていない。この「欠史八代」はあまりにも有名な記紀の謎として知られている。 結局のところ、神武天皇及び欠史八代は創作で“虚構の天皇”だとするのが一般的な古代史研究者の見解である。 では、なぜ安倍政権はいま、こんな神武天皇実在説というトンデモを言いふらしているのか。 その目的を、前述した稲田朋美の「神武天皇の偉業に立ち戻り、日本のよき伝統を守りながら改革を進めるのが明治維新の精神」という言葉が、端的に表している。 実は、神武天皇の陵墓は、たとえば天武、天智、持統天皇などの陵墓と比べて軽視されており、中世まで始祖として崇め奉られていた形成はほぼない。それが一転、江戸中期の国学を経て尊皇思想の核となり、明治維新は王政復古の建前のもと幕府を転覆させた。ようは、“クーデター”のため「万世一系」たる天皇の権威を超越的なものとして再興し、利用したのだ。
また、このとき明治政府は、それまで民間信仰であった神道を天皇崇拝のイデオロギーとして伊勢神宮を頂点に序列化、“日本は世界無比の神の国”という「国体」思想を敷衍した。そうした流れのなかで、日本書紀などについて批判的研究を行った津田左右吉に対し、東京地検が尋問を行い、『神代史の研究』など4冊を「皇室ノ尊厳ヲ冒涜シ、政体ヲ変壊シ又ハ国憲ヲ紊乱セムトスル文書」として発禁押収。後日、津田と版元が出版法違反で起訴されるという事件も起きている(佐藤卓己『物語 岩波書店百年史』2巻/岩波書店)。 一方、1945年の敗戦後にGHQが神道指令を発布、国家と神社神道の完全な分離を命じると、津田の学説は学会の主流派となり実証主義的な記紀研究が活性化。その蓄積を踏まえ、今日では神武天皇は実在しないというのが定説となっているわけだが、これを面白く思わないのが日本会議ら極右界隈と、それに支えられる安倍政権だ。 彼らにとって天皇は「万世一系」でなければならない。それは前述のとおり、日本を万邦無比の「神国」とし、天皇を超越的な存在として再び支配イデオロギーの頂点に置いて政治利用するために他ならない。だからこそ、記紀は史実であり、神武天皇は実在すると主張するのだ。 すると必然的に、神武天皇は記紀にあるように神話的でありながら同時に存在を認めるという、矛盾めいたことになる。 三原じゅん子が「神話の世界の話であったとしても、そう(実在したと)いう考えであってもいいと思う」と池上彰に応答したのはまさに典型だ。 ようは政治的な目的ありき。だからこういう発言になる。 事実、安倍晋三は下野時の2012年、民主党(当時)による女性宮家創設議論および皇室典範改正に反対し、こう述べていた。「私たちの先祖が紡いできた歴史が、一つの壮大なタペストリーのような織物だとすれば、中心となる縦糸こそが、まさに皇室であろう」「二千年以上の歴史を持つ皇室と、たかだか六十年あまりの歴史しかもたない憲法や、移ろいやすい世論を、同断に論じることはナンセンスでしかない」(「文藝春秋」12年2月) 見ての通り、立憲主義もクソもない。こんな人間がいま日本の総理であることにあらためて戦慄するが、一方、安倍のブレーンである八木秀次が天皇・皇后の護憲発言に対して「宮内庁のマネジメントはどうなっているのか」と猛批判したように、実際には、安倍は天皇に対する敬愛などほとんどもっていない。そこにあるのは、天皇の政治利用、もっと言えば、皇国史観と「万世一系」イデオロギーの復活による大衆支配の欲望だけだ。 そう考えてみてもやはり、わたしたちは表出する神武天皇実在論を笑って済ませておくわけにはいかない。戦前回帰を目論む安倍政権のプロパガンダの一種として、十分に警戒しておく必要がある。 (宮島みつや) 【出典】LITERA 2016.11.17 |
| 出典:LITERA 2016.11.17 |
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![]() 神奈川県・相模原で発生した障がい者大量殺害事件について、本サイトではその背景に、ヘイトスピーチなど排外主義の蔓延や、自民党による弱者切り捨て政策の影響があると指摘してきた。すると案の定、ネット右翼からは「ジミン叩ければあんな悲惨な事件でも利用するのか」「左翼はなんでも体制批判の道具にするからクソ」「さすが糞アカヒのリテラ」などという反応が寄せられた。 であれば、あらためて事実を確認しておこう。報道によれば植松聖容疑者は「障害者は死んだ方がいい」「何人殺せば税金が浮く」などと主張していたとされるが、いま、ツイッター上ではその主張に同調する声が広がっている。 〈そうやってみんなすぐ植松容疑者が異常だと言い張るけど行動がよくなかっただけで言ってることは正論だと思う〉 〈植松の言ってることはこれからの日本を考えるとあながち間違ってはいない〉 〈穀潰しして連中に使われる予定だった税金を節約して、国の役にたったよ彼は。弱いものって誰? 精神障害者はどんなに暴力や暴言はいても罪に問われない無敵の強者だよ?〉 しかも、これは複数のアカウントによる発言だが、彼らは〈自民と公明が勝ってるのみるとマジでせいせいする〉〈安倍総理を応援してる自分がいる〉〈【拡散】安倍晋三に総理大臣を辞めて欲しくないと思う人はRT〉などともツイートしている。こうした障がい者ヘイトを垂れ流している連中の多くが自民党支持者、あるいは安倍政権が醸成させている空気を身にまとっていることは、もはや疑う余地がない事実なのだ。
さらに、「自民党ネットサポーターズクラブ会員として愛国という視点から自らの意見を論理的に述べる」という副題のついたあるブログが、事件後、「重度障害者を死なせることは決して悪いことではない」なるタイトルの文章を公開していることも確認できる。自民党ネットサポーターズクラブ(J-NSC、通称ネトサポ)とは自民党公認のネットボランティア組織。政策ビラ配りやネットでの世論工作などを担当する部隊で、安倍首相はその最高顧問のひとりに名を連ねている。 その“自民党のネット別動部隊”の会員を自称する人間のブログが、植松容疑者の“虐殺思想”に共鳴している事実は重い。まず、このネトサポは、植松容疑者が「障がい者なんていなくなればいい」という趣旨の供述をしていることについて、〈植松の言葉自体には実は聞く価値のある部分もある。 それは「障害者は邪魔である」という観点だ〉と書いている。以下、吐き気をもよおす障がい者差別やジェノサイドの扇動が続く。紹介するのもためらわれるが、コアな自民党支持層がどのようなことを考えているのか確認するためにも、このネトサポの文章をそのまま引用する。 〈考えてみてほしい。知的障害者を生かしていて何の得があるか?まともな仕事もできない、そもそも自分だけで生活することができない。もちろん愛国者であるはずがない。日本が普通の国になったとしても敵と戦うことができるわけがない。せいぜい自爆テロ要員としてしか使えないのではないだろうか?つまり平時においては金食い虫である。 この施設では149人の障害者に対し、職員が164人もいる。これではいくら職員を薄給でき使わせたところで採算が取れるはずもない。そんな状況では国民の税金が無駄に使われるのがオチである。無駄な福祉費を使わなくて済ませることが国家に対する重大な貢献となる。だからこそ植松が言うように障害者はいなくなるべきなのである。〉 要約するまでもない。「自爆テロ要員としてしか使え」ず、「いなくなる」ことが「国家に対する重大な貢献」などとのたまうこのネトサポは、障がいをもつ人たちが「生きる」ことを、直裁的に否定しているのだ。
しかもこのネトサポは、植松容疑者の供述ににわかに感化された結果、“障がい者抹殺思想”をさらけ出しているわけではない。事件前の投稿でも、障がい者やその家族に対するヘイトをぶちまけているのだ。たとえば、7月9日にはタレント・石田純一の都知事選立候補の意向の報を受けて、〈もしも都知事になりたいならばまずは自分の子を死なせてからにするのが筋であろう〉と書いている。 〈石田には東尾理子との間に子供が1人いるが、そいつはダウン症である。つまり育てるのにカネがかかる。東京都知事は言うまでもなく公務員である。公務員は国民のために尽くすのだから無駄遣いをしてはいけない。だからこそ無駄遣い以外の何物でもない子供は死なせるべきなんだ。無駄な医療費を使わなくて済むのだからこれは国家に対する重大な貢献となる。政治家なのだから率先して自分の子供を見殺しにできるようにならなければいけない。〉 念のため言っておくが「石田純一と東尾理子の子はダウン症」というのはデマだ。いずれにせよ、この自民党支持者の“障がい者は税金の無駄遣いだから殺すべき”という考え方は、かなり根深いものがある。7月19日には、野田聖子衆議院議員についても、〈絶対に総理にしてはならない人物だ。その理由は野田の子どもの存在である〉などと述べている。 〈野田議員の子どもは重い障害をもっており、1年で9回の手術を受け、脳梗塞になり産まれてからずっと入院、人工呼吸器を装着し、経口摂取は不可、右手右足に麻痺があるという体たらくである。当然この子供にかかる費用はバカにならない。総理大臣として意味のない支出は実に致命的だ。国会議員は言うまでもなく公務員である。公務員は国民のために尽くすのだから無駄遣いをしてはいけないのだ。 だからこそ野田は総理大臣になりたければ、無駄遣い以外の何物でもない子供の治療を即刻辞めるべきでなのだ。もちろん死んでしまうが無駄な医療費を使わなくて済む。これこそ総理大臣に求められる国家観なのだ。政治家なのだから率先して自分の子供を見殺しにできるようにならなければいけないのだ。〉(原文ママ) なお、この投稿の冒頭で、野田氏が安倍首相の総裁任期延長をけん制する発言を行ったことに対して、〈1議員の分際で自民党にたてつく発言をしてのである。大変許しがたい〉(原文ママ)としていることから、このネトサポは、熱烈な安倍晋三シンパと見るべきだろう(ちなみに、このブログの「愛国リンク集」には安倍首相の公式HPがリンクされている)。
さらに2013年9月3日にも、同様に野田氏に関して〈自分の子供を見殺しにできるようにならなければいけない〉と述べているのだが、注目すべきは、その投稿がこのように結ばれていたことだ。 〈こういう自分勝手な人間が増えたのも日本国憲法のせいである。自由を謳い、権利を行使しなくてよいという天賦人権論が日本人を堕落させたのである。だからこそ自民党は天賦人権論を否定する憲法案を出したのである。この憲法が通れば国民の血税を使っても他人に対する感謝の心を持てるようになる。 自民党は野田議員と改憲案の矛盾を解消するために野田議員に子供の延命治療を中止するよう勧告するべきだ。どうせこのまま生きていても長生きはできないし、治療費がさらにかさんで国民が迷惑を被るだけである。それよりも子供なんかさっさと死なして日本のために死んだと持ち上げたほうが自民党の勝利に貢献することになる。だから野田議員は決断をするべきである。母親としてよりも国家公務員としての立場が優先されるのは当然なのだから。〉 ある意味でこのネトサポが述べていることは“正しい”。もちろん「子供なんかさっさと死なして」などという、どうかしているとしか思えない主張のことではない。いささか逆説的だが、この暴論は、自民党が2012年に発表した改憲草案の本質を、的確に説明しているのである。 いうまでもなく、天賦人権説とは、すべて人間は生まれながら自由にして平等であり、誰もが幸福を追求する権利をもつというもの。日本国憲法のいわゆる三大原理のひとつ「基本的人権の尊重」の根底をなす思想だ。しかし、自民党改憲草案では、起草委員である片山さつき参院議員が〈天賦人権論をとるのは止めよう、というのが私たちの基本的考え方です〉(片山氏ツイッターより)と発言しているように、これをすべての人間から剥奪すべく企図されている。 事実、自民党改憲草案は、個人の権利に対して〈責任及び義務が伴う〉と強調し、現行憲法が個人の権利利用の目的や幸福追求の条件として付す《公共の福祉》を軒並み〈公益及び公の秩序〉なる文言にすげ替えている(草案12、13、29条)。 上述のネトサポが障がいを持つ人間を「死なせるべき」なのが「国家に対する重大な貢献」であると繰り返すのは、まさにこの《公共の福祉》から〈公益及び公の秩序〉への変更の本質をつく解釈だろう。その意味において、このネトサポが述べる“障がい者の存在は、自民党憲法草案と「矛盾」する”というのは、まったく正しい認識と言わざるをえない。 言い換えれば、このコアな安倍支持者は、“すべての人間が平等に有す権利を剥奪し、国家の元に人権を制限すべき”という自民党改憲草案のストレートな体現者なのである。 そして、今、安倍首相の周りにいる自民党の極右政治家たちも、直接、口には出さないものの、おそらく、このネトサポと同じく「障がい者や役に立たない老人はいなくなった方が国家のためである」くらいのことは考えているはずだ。 実際、石原慎太郎や石原伸晃、麻生太郎らは、過去に障がい者や高齢者に対して安楽死を口にしたり、「いつまで生きているつもりなのか」などといった暴言をはいてきた。植松容疑者、それに同調して「障がい者は死なせろ」と叫ぶネトサポ、そして障がい者を邪魔者扱いする自民党の極右政治家……この三者は完全に同一線上にいる。そのことを指摘することのどこが「政治利用」なのか。
ネット右翼たちは「左翼はなんでも体制批判に結びつける」「相模原の事件を政治利用している」などとほざくが、これは完全に逆だろう。実に、自民党はこの大量殺害事件を受けて、早くも人権否定の思想を法で具体化させる意向を示している。 28日、元参院副議長の自民党・山東昭子参院議員が、今回の事件に関して“犯罪を犯した人間や示唆をした人間にはGPSを埋め込んで把握するようなことを考えるべき”との趣旨を記者団に伝えた。その上で、山東氏はこのように発言している。 「人権という問題を原点から見つめ直すときが来ている。ストーカーもそうだが、人権という美名の下に犯罪が横行している」(毎日新聞7月29日付より) 何度でも言うが、上のネトサポによる“障がい者抹殺思想”も、山東氏の“人権白紙化発言”も、まさに今の自民党の本質を表したものだ。 しかもこれは、ひとりのラディカルなネット右翼による戯言や、いち自民党議員の暴言では決して片付けることはできないだろう。実際、前述したネトサポの野田聖子氏に対する投稿には7000を超える「いいね!」がついている。 また、テレビメディアなどのマスコミは、この障がい者大量殺害事件の容疑者の供述にネットでこれだけ賛同の声があがっている現実を無視して、「植松容疑者の心の闇」などとごまかし続けている。そして当然のように、この機に乗じた山東氏のトンデモ発言についても、まったく追及するそぶりを見せていない。 一部の冷笑主義者は「言うほど日本は右傾化していない」「左翼の妄想」などと呑気なことをのたまっているが、いい加減に気がつくべきだろう。私たちはいま、こうした“弱者抹殺発言”や“人権白紙化発言”が許容され、しかも多くの共感まで得られている社会を生きているのだ。もはや「右傾化」どころではない。その異常性に真剣に向き合わなければ、この国は本当に後戻りできないところまでいってしまうだろう。 (梶田陽介) 【出典】 LITERA 2016.07.30 |
| 出典: LITERA 2016.07.30 |
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![]() 安保法制が衆院で強行採決されたが、それでもなおこの“戦争法案”に反対する声は日に日に高まっている。だが一方で、戦争反対、集団的自衛権反対を表明する著名人たちへの誹謗中傷やバッシングが巻き起こるという卑劣な事態も同時に起こっている。 先日もタレントSHELLYがツイッターで強行採決について疑問をつぶやき大炎上した。また胆のうがんなどを患い満身創痍の体調ながら度々デモや集会に参加している作家の瀬戸内寂聴も、「ババアは死ね!」「戦争反対というなら中国に言え!」などと批判を浴びせられた。挙げ句は「不倫していたくせに」「金をもらって集会に出ている」という聞くに堪えない誹謗中傷さえ飛び出す始末。 しかし瀬戸内がこんなことで怯むわけがない。最近になってもますますその活動、舌鋒鋭く安倍政権と安保法案の大批判を展開している。 今週発売の「女性自身」(光文社)8月4日号では「美しい憲法を汚した安倍政権は世界の恥です」と題し、こう語った。 「安倍晋三首相と、与党議員たちが強行採決した安保法案は、日本国民を世界中で死なせ、家族を不幸にし、国まで滅ぼすものだと思います」 「これだけ国民に反対されていることを自覚しながら、“戦争法案”を押し通した安倍首相の神経は理解しがたいですね」 安保法制に反対する作家、有名人の中でも、ここまで強い調子で安倍首相を非難できる人間はそう多くないだろう。そして、瀬戸内はこう言い切った。 「多くの国民が安保法案に反対したという事実、そして安倍首相と政府与党がどれだけ横暴なことをしたのかという事実は、歴史に刻まれます」 瀬戸内はこの「女性自身」のインタビューに答える少し前、7月10日にも京都の寂庵で定例説法を開いているが、ここでも「可愛い息子や孫が戦争に連れて行かれ、行けば殺さないと殺される。沢山殺せば褒められる」、それが戦争というものの実態だと訴え、そしてこう断言した。 「安倍首相がいかに悪い政治家だったか歴史に残る」
ネットでは、こうした発言について今も「単なる妄想」「なぜそこまで妄想できるのに中国が戦争始める妄想はしないのか不思議」という声が浴びせられているが、これは妄想ではない。 現在93歳の瀬戸内は青春期に戦争を体験している。大学1年生の時に真珠湾攻撃があり、普通の国民のように、「東洋の平和を守るため」という言葉を信じ、大きな感激を覚えたという。 だが、その2年後、瀬戸内は結婚して北京に移り、そこで日本人が中国人を抑圧している様を目の当たりにし、戦争に疑問を感じ始めたのだ。そして敗戦を迎え、苦労して日本に引き揚げてみると、故郷の徳島は焼け野原、母や祖父は亡くなっていた。 こういう体験が「戦争にはいい戦争も悪い戦争もない」という言葉につながっている。瀬戸内は先の「女性自身」のインタビューでこんなことも語っている。 「(7月15日のデモで)必死に声を上げる彼らを見て、私が連想したのは、昭和18年10月に行われた神宮外苑競技場で行われた学徒動員出陣の壮行会です」 この壮行会は戦場に赴く2万5千人の学生と、5万人の女子学生らが集まり、「海行かば」を大合唱して見送ったというものだ。デモを見ながら、その光景がオーバーラップするというのは、彼ら安保法制に反対する若者までが安倍首相の戦争政策に呑み込まれてしまうという恐怖をリアルに感じているからだろう。 この言葉を我々は真剣に受け止める必要がある。 (伊勢崎馨) 【出典】 LITERA 2015.07.22
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| 出典: LITERA 2015.07.22 |
![]() 日本企業の多くは、「欧州の玄関口」である英国に進出しても、奥の間の大陸欧州に上がろうとはしませんでした。理念とレトリックを並べ立てる大陸よりも、成り行き任せで実利を求める英国の方が、ビジネスをしやすかったからです。EU離脱が決まったといっても、生産活動の拠点を構える日本企業が押っ取り刀で逃げ出すことはないでしょう。 大陸側に新たな拠点をつくるのもコストがかかります。日本人スタッフを送り込み、現地スタッフもかき集めなければなりません。相当な手間がかかるし、リスクだって大きい。それよりも、離脱に伴う英国の制度変更に細かく対応していく方が現実的です。 外国企業に出ていかれると困る英国は、出血大サービスをするはず。それこそEUの縛りが解かれたので、自由に引き留め策を講じられます。日本企業が大きなダメージを受けるような姿は想像しにくいですね。 それでも日本で暮らす人たちの生活は影響を受けるでしょう。少しでも理由が見つかればコストを削ろうとしている人たちからすれば、今回の事態は格好の口実になります。「こんな状況では賃金を上げるのが難しい」と言ったり、本当は10人が必要なのに「とりあえず5人で」と判断したりするケースも出てきそうです。雇用環境の悪化は避けられません。中小企業も無理難題を突き付けられかねない。しわ寄せは、いつも弱いところになりますからね。 この先、しばらくは世の中が荒れます。離脱交渉はスムーズに進みません。首相交代で保守党内もガタガタします。その先は総選挙で民族主義政党が台頭する恐れも排除できない。嫌なムードはどんどん広がっていきます。 株価がリーマン・ショックを超える大幅下げになったように、日本国内もかなりびびった雰囲気になっています。消費増税を先送りする際に「リーマン」を口にした安倍首相は、このような事態を想像していなかったと思いますが、「サミット議長国の日本は、すでに準備をしていた」と吹聴しています。チームアホノミクスは、内需の腰折れ防止を優先し、分配に回されるはずの予算を減らして帳尻を合わせにかかる。もともと財政赤字削減の本丸を社会保障費ととらえているのだから、EU離脱を神風として、医療や福祉の予算を刈り込むわけです。「まずは成長」と叫び、生活保護の基礎的な部分なども削るつもりでしょう。 直接的な影響はなくても、生活は苦しくなっていく。そんな覚悟が必要だと思います。 【出典】日刊ゲンダイ 2016年7月5日 |
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大橋巨泉が臨死の床で綴った“最後の遺言”「安倍晋三に一泡吹かせて下さい」しかしテレビは巨泉の思いを一切報じず… LITERA 2016.07.01 大物司会者の大橋巨泉氏が、一時意識不明状態に陥り、5月下旬より集中治療室に入っているとの報道があった。巨泉氏自身が、20年近く続けてきた「週刊現代」(講談社)の連載コラム「今週の遺言」で、明らかにしたものだ。 巨泉氏は2005年に早期の胃がんが見つかったのを皮切りに、13年には中咽頭がんが見つかり摘出手術。また、14年にはリンパ節、15年には右肺、16年には左鼻腔内にもがんが見つかるなど、長らく闘病生活を続けてきた。連載によると、3月半ば頃から体力の落ち込みがひどく、4月には意識不明の状態に陥り、2週間ほど意識が戻らず、5月からは集中治療室に入っていたというのである。 そのためこの「週現」の連載も、4月9日号を最後に休載となっていたが、今週発売の7月9月号をもって最終回とするという。その最終回の原稿でも、 〈体力が戻ってこず衰えた〉 〈何時まで生きられるかわからない〉 〈老いた体をベッドに横たえ、たまに車椅子で外に出れば直ぐに高熱を出す始末である〉〈ボクにはこれ以上の体力も気力もありません〉 と、死をも意識する重篤な病状にあることを繰り返し綴っている。巨泉氏の豪放磊落なイメージからは想像できないほど、深刻な状態にあるようだ。この最終回の原稿も、妻と弟のサポートを受けて何とか完成までもっていけたものだという。その最終回の原稿の最後は、こんな文章で締められている。 〈今のボクにはこれ以上の体力も気力もありません。だが今も恐ろしい事や情けない事、恥知らずな事が連日報道されている。書きたい事や言いたい事は山ほどあるのだが、許して下さい。しかしこのままでは死んでも死にきれないので、最後の遺言として一つだけは書いておきたい。安倍晋三の野望は恐ろしいものです。選挙民をナメている安倍晋三に一泡吹かせて下さい。7月の参院選挙、野党に投票して下さい。最後のお願いです〉 「何時まで生きられるかわからない」「ボクにはこれ以上の体力も気力もありません」と死を意識する壮絶な状況のなか、巨泉氏がまさに最後の力を振り絞って綴った、「最後の遺言」。それは、「改憲」を争点からひた隠しにして参院選を行い、着実に日本を戦争へと向かわせている安倍政権への痛烈な批判だった。 巨泉氏の状況を思えばその言葉の重みもより増すが、もちろん巨泉氏は突然こんなことを言い出したわけではない。民主党議員だった2001年に、アメリカの同時多発テロを非難し「アメリカを支持する」との表明に民主党でたった1人反対するなど、巨泉氏は徹底して反戦を掲げ続けてきた。安倍政権に対しても、第二次政権が発足した当初より、安倍首相の危険性を訴え続けている。 「僕は、ポピュリズムの権化のような安倍首相をまったく信用しない。(略)本当にやりたいのは憲法改正であり、日本を『戦争ができる国』に変えることでしょう。実際、ニコニコして、口当たりの良いフレーズを並べておきながら、国民の過半数が反対した特定秘密保護法を強引に通してしまった。法衣の下に鎧を隠しているような男の言動にだまされてはいけません」(「日刊ゲンダイ」/2014年5月12日) また、昨年4月19日には『爆笑問題の日曜サンデー』(TBSラジオ)にゲスト出演し、安倍首相主催の「桜を見る会」に言及。自身も招待を受けていたがそれを断ったと告白して、さらに、巨泉氏とは逆に出席する道を選んだ太田光をこう批判している。 「お前利用されてるんだよ。今日のスポーツ紙に出てたよ。『ああ、安倍さんって心の広い人だなあ』って(大衆に)思われちゃうんだよ」 さらに同番組では、テレビ朝日とNHKが自民党に呼び出された一件についても「とにかく、自民党に呼ばれて行ったテレ朝とNHKはいかん。なんで一政党に呼ばれて、言論の自由を守らなければいけない放送局が出て行く? これが陰ながらの圧力なんだ」「俺は戦いたい。(略)言論の自由っていうのはね、命をかけて守るべきものなんだよ」と発言。政権に忖度して自粛を繰り返すメディアの姿勢を痛烈に批判した。 また、同じく15年の「週刊朝日」(朝日新聞出版)9月18日号では、1934年生まれで実際に先の戦争を見てきた自身の経験を踏まえ、戦争がいかに人の命を軽んじるものであるかを痛切に訴えている。 〈何故戦争がいけないか。戦争が始まると、すべての優先順位は無視され、戦争に勝つことが優先される。昔から「人ひとり殺せば犯罪だけど、戦争で何人も殺せば英雄になる」と言われてきた。 特に日本国は危ない。民主主義、個人主義の発達した欧米では、戦争になっても生命の大事さは重視される。捕虜になって生きて帰ると英雄と言われる。日本では、捕虜になるくらいなら、自決しろと教わった。いったん戦争になったら、日本では一般の人は、人間として扱われなくなる。 それなのに安倍政権は、この国を戦争のできる国にしようとしている。 (中略) ボクらの世代は、辛うじて終戦で助かったが、実は当時の政治家や軍部は、ボクら少年や、母や姉らの女性たちまで動員しようとしていた。11、12歳のボクらは実際に竹槍(たけやり)の訓練をさせられた。校庭にわら人形を立て、その胸に向かって竹槍(単に竹の先を斜めに切ったもの)で刺すのである。なかなかうまく行かないが、たまにうまく刺さって「ドヤ顔」をしていると、教官に怒鳴られた。「バカモン、刺したらすぐ引き抜かないと、肉がしまって抜けなくなるぞ!」 どっちがバカモンだろう。上陸してくる米軍は、近代兵器で武装している。竹槍が届く前に、射殺されている。これは「狂気」どころか「バカ」であろう。それでもこの愚行を本気で考え、本土決戦に備えていた政治家や軍人がいたのである。彼らの根底にあったのは、「生命の軽視」であったはずである〉 このように巨泉氏は、いかなる戦争も個人の尊厳を破壊するものとして一貫して反対する姿勢を貫き、「戦争のできる国」作りを画策する安倍政権に対し批判を続けてきた。その姿勢は、病に倒れた後も決して変わることはなかったのだ。 大橋巨泉が集中治療室に入り、長らく続けられていた「週刊現代」の連載が終了したことは各テレビ局でも大きく報道された。しかし、巨泉氏が最も伝えたかった〈安倍晋三の野望はおそろしい〉〈選挙民をナメている安倍晋三に一泡吹かせて下さい〉というメッセージを放送した番組はひとつたりともなかった。巨泉氏が危惧していたメディアの萎縮は残念なことにここでも起きてしまったのだ。 〈書きたい事や言いたい事は山ほどある〉 〈このままでは死んでも死にきれない〉 と自身でも綴っているように、現在の閉塞した言論状況にあって巨泉氏は貴重なリベラル論客であり、まだまだ語ってほしいことがたくさんある。巨泉氏の「最後の遺言」を胸にきざむと同時に、なんとか回復しまた舌鋒鋭い批判を繰り出してくれる日が訪れることを祈りたい。 (新田 樹) |
| 出典:日刊ゲンダイ 2016年7月5日/LITERA 2016.07.01 |
![]() 参院選に向け、連日、地方遊説に精を出す安倍首相だが、内心は不安で仕方ないようだ。世間を騒がすニュースが選挙結果、特に比例議席を激減させかねない情勢になってきたからだ。 「(1)舛添(2)沖縄(2)甘利がいま自民党を取り巻く“三重苦”です。有権者の投票行動にどこまで影響するのか、官邸も党本部もヤキモキしています」(自民党関係者) もっとも影響が大きいのは舛添都知事の公私混同問題だ。 「『なぜ舛添をかばうのか』『参院選で投票しないぞ』という抗議電話が、都議会や都議の事務所だけでなく、国会議員や自民党本部にまでかかってくる。当初は知事個人の問題だったのに、いまや舛添与党である自公の問題として連日、ニュースで報じられている。都政とは無関係な関西ローカル番組ですら扱われている。批判は都民に限らず、全国に広がっています」(前出の自民党関係者) このままではマズいと、自民党は集中審議で徹底追及の姿勢を見せる方針。 だが、15日の都議会最終日に共産党などが知事の不信任決議案を提出する見通しで、自民党はこれを「否決」するとみられる。 「そうなれば、『自民党が舛添知事を守った』という世論の批判がさらに高まるでしょう」(都政記者)
沖縄問題では、女性遺棄事件の余波が続いている。9日、米軍属が殺人と強姦致死容疑で再逮捕された。 「沖縄だけでなく米軍基地のある全国の自治体にも嫌なムードが広がることを懸念しています」(官邸関係者) 米軍基地の辺野古移転で対立する翁長知事の支持派が県議選で「大勝利」したことも、安倍政権と自民党に影を落とす。
そして、甘利問題は言わずもがなだ。甘利前経済再生相は、説明責任を果たさず、政治活動に復帰。「自民党はズルいという印象で、支援者の評判が悪い」(自民党中堅議員)という。
こうした党イメージの低下は「政党」を選ぶ比例票に直結する。安倍首相周辺は「比例15議席割れ」も懸念し始めた。 「過去5回の参院選のデータを分析すると、自民党の比例の平均は、1740万票、16議席。118万票で1議席となる。最低は6年前の12議席。絶好調だった3年前ですら、1800万票で18議席です。今回ここから400万~500万票でも減れば、3~4議席を失う。日頃の付き合いなどを考慮して投票先を選ぶ『選挙区』と、おきゅうを据える『比例』というように有権者は使い分けをするので、15議席割れはあり得ない数字ではありません」(政治評論家・野上忠興氏) 安倍首相は女性票がどこまで減るのかも気にしているらしい。街頭での笑顔は、カラ元気か。
参院選の奈良選挙区で出馬予定の自民新人、佐藤啓氏(37)に公職選挙法違反疑惑が浮上だ。詐欺行為に手を貸していた恐れもあるから、ただ事ではない。 「始まりは3月中旬に佐藤氏が知人2人を事務所に入れたことです」と佐藤事務所の関係者がこう明かす。 「佐藤さんは2人が失業保険をもらっている身だったため、報酬を渡さないボランティアの扱いにしていました。ですが、実際は『交通費』という名目で、必要以上にカネを渡していたのです。交通費の実費は、10日で1万円以下のはずが、5万円以上も渡していた。誰かがハローワークにタレ込んだようで、事務所は4月下旬に勤務状況について問い合わせを受けた。すると、あろうことか佐藤さんは事務所スタッフに隠蔽するよう指示したそうです」 報酬を隠し、失業保険を不正受給していたとすれば詐欺行為にあたる可能性があり、佐藤氏は犯罪に手を貸していた恐れがある。さらに問題なのは、労働の対価に対し、過大な報酬を与えれば寄付にあたり、「寄付行為の禁止」を定める公選法199条第2項に違反することだ。東京都選挙管理委員会によると、一般論として、無償労働のボランティアに交通費を必要以上に渡せば公選法違反になる可能性があるという。 佐藤氏は奈良県出身。名門進学校の私立西大和学園高校を経て、東大に進学した。卒業後は総務省に入省し、首相補佐官の秘書官なども務めた超エリート。昨年11月に公募で、自民党公認を勝ち取った。そんな人物がなぜ、だ。 「会計責任者の秘書が問題にすると、『バレたらあなたに罪をかぶってもらう』と脅し、自民党本部にも隠すよう指示した。軽い気持ちで報酬を渡していたのでしょうが、あまりにも脇が甘すぎます」(前出の事務所関係者) 疑惑を佐藤氏本人にぶつけると、「基本的にちゃんと対応していると思いますが……。詳しい手続きを把握していないので、速やかに事務所の者から連絡させます」と戸惑っている様子。その3時間後、事務所所長と名乗る人物から連絡がきた。 「4月の給与明細を見て、交通費の金額が多すぎると気づきました。佐藤は事務手続きのミスだったと話し、払いすぎた3月分の交通費の返還手続きをしたと聞いています。何ら違法行為はなかったと認識しています」 単純ミスを強調したが、隠蔽はなかったのか。 ![]()
安倍首相が山形で墓穴を掘った。9日、山形県内で自民新人の月野薫(61)の応援演説をしたのだが、「経済政策が最も大きな争点」と強調しながら、TPP(環太平洋経済連携協定)について一言も触れなかったのだ。 午前中に山形入りした安倍首相は、和牛農家やサクランボ園を視察、特産品のさくらんぼ「紅秀峰」も食べ、演説で「甘くておいしかった」と絶賛。農業関係者との意見交換会にも顔を出して、農家に寄り添っている印象を与えるのには熱心だった。だが、県内の農業関係者は「山形県の地元農業にも大きな打撃を与えると懸念されているTPPについて全く話さないのでは、農家への説明責任を放棄したとしか言いようがありません」と呆れていた。 県の試算ではTPPで「農林水産物の生産額は3割減少」という結果が出ている。月野はJA全農山形副本部長だったのに、地元の農政連が自主投票を決めたのは、TPP推進の自民党に対する不満が残っているためだ。 安倍首相は約21分の演説で約3分間、農業について話したが、空虚で抽象的な決意表明にとどまった。 「農業は大変です。毎日、土と向かいながら、時には厳しい自然と立ち向かい、闘いながら、そして、この美しい日本の田園風景を守っている。日本の地域の伝統や文化を守ってきたのは、農業に従事をしてきた皆さまだと思います」 農家の反発が高まるのは必至だ。 (取材協力=ジャーナリスト・横田一氏) 【出典】日刊ゲンダイ 2016年6月12日 |
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| 出典:日刊ゲンダイ 2016年6月12日 |
![]() 参院選を目前に、安倍内閣の支持率が軒並み上昇している。メディアによっては、50%台に乗せている世論調査結果もある。 「では、極右政権に支持率を与えている50%の人が右翼なのか、保守なのかといえば、決してそういうわけではないでしょう。支持率アップの理由は伊勢志摩サミットと米オバマ大統領の広島訪問とされています。サミットでは世界経済危機をデッチ上げて天下に恥をさらしただけだし、オバマ大統領の広島訪問も内容は空虚なものでした。なのに、大メディアは大きな外交成果を挙げたように報じる。それで多くの人は、なんとなく仕事をしてそうなイメージに誘導されて、内閣支持率がハネ上がるという仕組みです。いわば大メディアの自作自演みたいなもので、多くの国民は、内心では安倍政権の戦前回帰路線に疑問や不安を感じているはずです。しかし、参院選の野党共闘に対して“民共”だの野合だのといった批判をメディアが垂れ流すから、野党の支持率は伸び悩み、ますます内閣に支持が集まる。たとえ消極的な支持であっても、この内閣に高い支持率を与えれば、国民の多くが反対する右翼政策をゴリ押しする力を与えることになる。原発再稼働や安保法がいい例です」(政治評論家・本澤二郎氏) ここで登場するキーワードが「日本会議」だ。安倍の政策には、ことごとく日本会議の存在がついて回る。「美しい国」も、「日本人の誇りを取り戻す」も、もともとは日本会議の理念である。集団的自衛権の行使解禁、憲法改正、愛国心教育、“自虐的”な歴史教育の是正、戦後レジームからの脱却――これらの政策もすべて日本会議が提言してきたものだ。高支持率を維持する安倍政権の“黒幕”とされる右派組織への関心が高まっている。 4月末に発売された「日本会議の研究」(扶桑社新書)は、発売前から重版が決定。たちまちベストセラーだが、著者の菅野完氏が3日付の本紙インタビューで語った真相は驚くべきものだ。日本会議は決して巨大な組織ではない。「中身は空っぽ」だというのである。 〈彼らは平気で資料を無視する。事実より「物語」を重要視する。「国家の誇り」が事実より大事だという〉 〈日本会議周辺の人々の意識には、“国家”しかない。その意味では彼らのよって立つところは、本来の右翼でも保守でも何でもない〉 〈日本会議が唱えている「改憲」「靖国参拝」「愛国教育」などは、非近代的で、思想的にも政治的にも目新しさがまったくありません。組織の中核を担っているのは70年安保の学生運動のときに左翼学生と戦った「右翼学生運動」のメンバーたちで、運動のモチベーションは突き詰めると「反左翼」「反戦後民主主義」に過ぎません。単に「壮大なる反対運動」に過ぎない。だから中身が空っぽなんです〉 事実を直視せず、物語に酔いしれる情念の世界。そこに論理性はなく、彼らのよりどころは反左翼のみ。要するに新興宗教とネトウヨを掛け合わせたような集団なのだが、こういう人々に支えられ、戦前回帰路線を突き進んできたのが安倍政権だ。
菅野氏の著書によれば、日本会議の会員数は約3万8000人。改憲などをテーマにたびたび「1万人大会」を開催し、その都度きっちり事前予告通りの数字を出すという。この能力が選挙でも発揮されるため、政治家が群がり、全有権者の0.1%にも満たない人数の組織が政権の政策決定に大きく関与することになる。そこが空恐ろしい。 ジャーナリストの青木理氏による「AERA」誌上の連載「安倍家三代世襲の果てに」は、安倍の大学時代の恩師で政治学者の宇野重昭氏の〈彼(安倍晋三)の保守主義は、本当の保守主義ではない〉という言葉を紹介していた。 宇野氏は東大卒業後、外交官を経て成蹊大学法学部の教授に就任。法学部長から学長、成蹊学園専務理事まで務めた学園を代表する最高碩学である。母校の元トップが、教え子の安倍に対し、時おり涙を浮かべながら、こう訴えたというのだ。 〈彼は首相として、ここ2、3年に大変なことをしてしまったと思います。平和国家としての日本のありようを変え、危険な道に引っ張り込んでしまった〉 〈彼らの保守は『なんとなく保守』で、ナショナリズムばかりを押し出します〉 〈もっとまともな保守、健全な意味での保守になってほしい〉 反左翼だけで中身空っぽの日本会議が、安倍やシンパの「なんとなく保守」を後押しし、そこに大メディアもすり寄って、忖度報道を続ける。それに世論が「なんとなく」支持を与え、勝ち馬選挙の流れが決まっていく。そういういびつな構図が浮かび上がる。
「野党が無力だし、大メディアが政権を批判しないから、国民が問題意識を持たず、漫然と支持を与えてしまっている。本来、参院選の争点は『憲法無視の安倍政治を放置していいのか』『民主主義と立憲主義が破壊されていいのか』ということに尽きるはずなのに、争点を経済にすり替えようという政権の思惑にメディアが加担している状況です。そういう報道に騙されて、安倍政権を“なんとなく”支持していれば、被害を被るのは当の国民なのです。冷静に考えれば、アベノミクスはデタラメで、負担ばかりが増え、生活は貧しくなる一方じゃないですか。沖縄県議選の結果を見れば分かるように、有権者がマジメに考えれば、こんな政権を支持できるはずがないのです。安倍首相は支持率さえあれば何をしても許されると考えている。参院選に勝てば、ますます独裁色を強めるでしょう。改憲勢力に3分の2の議席を与えれば、いよいよ日本会議の悲願である憲法改正です。戦争をする国になるのです」(本澤二郎氏=前出) 日本の有権者数は1億人もいるのに、わずか3万8000人の日本会議が望む世の中になっていいのか。主権者である国民が政治への関心を失い、“誰が総理になっても変わらない”と斜に構えていたら、連中の思うツボだ。 「誰がやっても同じと諦めるのは間違っています。そんなことは断じてない。政権トップの意向で経済政策は大きく変わるし、だからこそアベノミクスなどというインチキ政策がまかり通っているのです。安倍政権の経済政策を一言で表すと、日本の破壊活動です。このままでは、日本経済はメチャクチャに破壊されてしまう。国民生活を守るためには、こんな悪辣政権には一刻も早く退陣してもらうことが最大の経済対策なのです。それには選挙で引きずり降ろすしかありません」(経済アナリスト・菊池英博氏) 1億人が投票に行けば、自公政権を支える組織票に勝ち目はない。過半数割れなら退陣だ。 大企業優遇で新自由主義の安倍政権では一向に生活が良くならないのに、大メディアが垂れ流すムードに流されて安倍政権に支持を与える有権者は、思考停止に陥っているのではないか。日本人はお人好しというが、虐げられてなお、お上に従順な愚鈍さは罪作りなほどだ。そういう人々が安倍の暴挙を許し、政権を支え続けている。たとえ安倍政権を不支持でも、選挙に行かなければ悪政を容認していると同じこと。政権がおかしな方向に向かっていると思えば、参院選で意思表示するしかないのだ。AKB総選挙なんぞに気を取られている場合ではない。 【出典】LITERA 2016.06.03 |
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| 出典:LITERA 2016.06.03 |
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![]() この1年間で放送された優れた番組に贈られるギャラクシー賞の贈賞式が、昨日6月2日、都内で行われた。注目は、テレビ朝日『報道ステーション』の「特集 ノーベル賞経済学者が見た日本」(2016年3月17日放送)「特集 独ワイマール憲法の“教訓”」(2016年3月18日放送)がテレビ部門大賞を受賞したことだろう。 ギャラクシー賞は毎年、特定非営利活動法人「放送批評懇談会」がNHK、民法放送各局から独立して審査・顕彰するが、ニュース番組が大賞を受賞するのは初めてのこと。そして、大賞を受賞した『報ステ』の特集「独ワイマール憲法の“教訓”」は、現在、安倍首相が改憲での創設に強い意欲を見せている「緊急事態条項」と、ヒトラーが独裁に利用した「国家緊急権」が酷似していることを鋭く指摘したもの。それも、古舘伊知郎キャスターが直接ドイツからレポートして、権力が暴走する歴史を丹念に検証するという力作であった。 ご存知の通り、『報ステ』はこれまで、安倍政権からの有形無形の圧力にさらされてきた。古舘氏は今年の3月末をもって番組を降板。最後の出演で古舘氏は“圧力がかかって辞めるわけではない”としつつも、「ただ、このごろは、報道番組で、あけっぴろげに、昔よりもいろんな発言ができなくなりつつあるような空気は、私も感じています」と、放送メディアが安倍政権を忖度し、現場も自由な報道ができていない現状を率直に語った。 その意味で、今回、古舘氏の“最後の一刺し”であった「特集 独ワイマール憲法の“教訓”」が、ギャラクシー賞の大賞に輝いた意味は大きい。さらに贈賞式では、同じく今年の3月でNHK『クローズアップ現代』を降板した国谷裕子氏に特別賞が授与され、古舘氏と二人三脚で『報ステ』を支えてきた元プロデューサー・松原文枝氏がスピーチをするなど、現在の放送メディアの苦境を現場の人間が臆さずに跳ね返そう、という強い意志を感じるものだった。 放送メディアには、政権の圧力に屈さず、決して忖度することのない番組作りをしてもらいたいと切に願う。目前にある日本社会の危機を真摯に検証し、愚直に報道することこそが、視聴者がメディアに求めているものに他ならないからだ。 以下に、今回ギャラクシー賞の大賞に輝いた『報ステ』の特集を、当時本サイトが紹介した記事を再録するので、ぜひこの機会にいま一度、じっくりとその内容をお読みいただきたい。 (編集部)
昨夜3月18日に放送された『報道ステーション』(テレビ朝日)が、いま大きな話題を集めている。というのも、昨夜の特集は安倍首相が改憲の入口として新設を目論んでいる「緊急事態条項」。しかも、ヒトラーが独裁のために悪用した「国家緊急権」と重ね合わせるという、安倍首相が激怒すること間違いなしの内容で、古舘伊知郎キャスター自らがドイツへ渡りレポートする力の入れようだったからだ。 まず、古舘キャスターはドイツからのレポートの最初に、こう話した。 「ヒトラーというのは、軍やクーデターで独裁を確立したわけじゃありません。合法的に(独裁を)実現しているんです。じつは、世界一民主的なワイマール憲法のひとつの条文が、独裁につながってしまった。そしてヒトラーは、ついには、ワイマール憲法自体を停止させました」「ヒトラー独裁への経緯というのを振り返っていくと、まあ、日本がそんなふうになるとは到底思わない。ただ、いま日本は憲法改正の動きがある。立ち止まって考えなきゃいけないポイントがあるんです」 独裁の道に走らせたワイマール憲法の条文、それこそが「国家緊急権」だ。「大統領は公共の安全と秩序回復のため必要な措置を取ることができる」という条文をヒトラーは悪用、集会やデモの開催を禁止し、出版物を取り締まり、共産主義者を逮捕し、野党の自由を奪い、あらゆる基本的人権を停止させた。ここまでは教科書にも書いてあることだが、本題はここから。この「国家緊急権」が「緊急事態条項」とそっくりではないか、と言及するのだ。 国家緊急権と緊急事態条項がそっくりだというのは、本サイトでも昨年から繰り返し指摘してきた。安倍政権は大規模な自然災害時に迅速に対応するために緊急事態条項が必要なのだと強調するが、これは建前に過ぎない。事実、自民党による憲法改正草案の該当箇所には、こうある。
《第九十八条 内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる。》 「災害時のために」と言うわりに、自然災害が出てくるのは最後の3番目である。しかも草案では、緊急事態宣言は国会の承認が必要だが事後でもいいことになっており、これは事実上、事後承認でやりたい放題できる、ということだ。 くわえて草案には、ダメ押しで、《この場合においても、第十四条、第十八条、第十九条、第二十一条その他の基本的人権に関する規定は、最大限尊重されなければならない。》とある。つまり、法の下の平等、身体の拘束と苦役からの自由、思想と良心の自由、表現の自由といった人類普遍の権利でさえ「最大限尊重」(厳守ではない)程度の扱いになるのである。 夏の参院選で与党が3分の2以上の議席を獲得し、緊急事態条項の新設となれば、いよいよ本当に安倍首相はヒトラーのように独裁にひた走るのではないか──。実際、昨夜の『報ステ』では、ワイマール憲法の権威であるドイツ・イエナ大学のミハエル・ドライアー教授にこの緊急事態条項を見せたところ、ドライアー教授はこう述べていた。 「この内容はワイマール憲法48条(国家緊急権)を思い起こさせます。内閣の一人の人間に利用される危険性があり、とても問題です。 一見、読むと無害に見えますし、他国と同じような緊急事態の規則にも見えますが、特に(議会や憲法裁判所などの)チェックが不十分に思えます。(中略)なぜ一人の人間、首相に権限を集中しなければならないのか。首相が(立法や首長への指示など)直接介入することができ、さらに首相自身が一定の財政支出まで出来る。民主主義の基本は「法の支配」で「人の支配」ではありません。人の支配は性善説が前提となっているが、良い人ばかりではない」 良い人ばかりが首相になるわけではない。現状の安倍政権の強権的な態度を考えると、じつに含みのある話である。さらに番組ではスタジオゲストとして、昨年の安保法制の国会審議の際、与党の推薦で参考人として国会に招致され「安保法制は違憲」という見解を示した長谷部恭男・早稲田大学法学学術院教授が登場。 長谷部教授は、「内閣総理大臣がそう(緊急事態だと)思えば(緊急事態宣言を行える)という、主観的な要件になっている。(発動要件が客観的ではなく)非常に甘い」「場合によっては怪しいと思われれば令状なしで逮捕される、そんなことになるということも理屈としてはあり得る」と緊急事態条項の危険性を述べ、また、“緊急事態条項が必要ならば憲法に入れるのではなく法律を設けたらいい話なのではないか”という見解も示した。 このように、多角的に緊急事態条項を掘り下げた『報ステ』。しかし、古舘キャスターは番組中、「ヒトラーのような人間が日本に出てくるとは到底想定できないんですが」と何度も念を押し、さらには一度たりとも「安倍」という二文字を発しなかった。 だが、この特集のテーマは緊急事態条項と国家緊急権の類似性のみに留まらず、緊急事態条項の新設を目論む安倍首相の危険性をも暗に伝えるものだった。
たとえば、ドイツからのリポートVTRでは、ヒトラーが経済政策と民族の団結を全面に打ち出したこと、ヒトラーが「強いドイツを取り戻す」という言葉で民衆から支持を得ていったこと、そしてヒトラーは巧妙に言葉を言い換え、独裁を「決断できる政治」に、戦争の準備を「平和と安全の確保」と表現していたことを、古舘キャスター自らが紹介した。お察しの通り、これはすべて安倍首相に置き換えられるものだ。 というよりも、ヒトラーの手法を安倍首相が多分に意識し、真似ているといったほうがいいだろう。現に自民党は、自民党東京都支部連合の事務局広報部長(当時)がヒトラーの選挙戦略を学ぼうという『HITLER ヒトラー選挙戦略』(小粥義雄/永田書房)なるナチス礼賛本を出版。高市早苗総務相が「著者の指摘通り勝利への道は『強い意志』だ。国家と故郷への愛と夢を胸に、青年よ、挑戦しようよ!」という推薦文を寄せていた(ちなみに同書は批判が殺到し、わずか2カ月で絶版回収されている)。 まさに、日本がいま置かれた危機的状況のなかで警鐘を鳴らす、渾身の特集。既報の通り、政権からの圧力によって降板に追い込まれた古舘キャスターだが、この放送はそんな古舘氏と番組スタッフたちによる、じつに真っ当な方法による“政権への反撃”だったのだろう。 古舘キャスターは特集の最後を、こんな言葉で締めくくった。 「とにかく立ち止まってじっくり議論をする、考えてみるということが、この条項に関しては必要ではないか、その思いで特集を組みました」 こうした重要な情報を視聴者に伝えるのが、本来の報道の役割であるはず。だが、ヒトラーよろしく日本の独裁政権はこれを“偏向報道”と呼び、不都合な事実を伝えるキャスターたちをことごとく握り潰すことに成功した。まさしくいま恐ろしい国になりつつあるが、最後に気概を見せた『報ステ』は、古舘キャスター最終日の31日の放送まで見逃せないものとなりそうだ。大いに期待したい。 (水井多賀子) 【出典】LITERA 2016.06.03 |
| 出典:LITERA 2016.06.03 |
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亡くなった元ゼロ戦パイロット原田要氏は生前、安倍首相を痛烈批判していた!「戦前の指導者に似ている」と LITERA 2016.05.04
第二次世界大戦当時、ゼロ戦パイロットだった原田要氏が、昨日3日、多臓器不全のため99歳で死去したことが報じられた。 原田氏は元大日本帝国海軍のエースパイロットで、真珠湾攻撃、ミッドウェイ海戦などに参加。ガダルカナル島の戦いで重傷を負い帰国後は、教官となり終戦を迎えた。『最後の零戦乗り』(宝島社)など、自らの経験を記した著書もある。 その経歴が共通することから、百田尚樹のゼロ戦小説『永遠の0』の主人公のモデルのひとりともされている人物だ。 しかし、戦争を美化し安倍政権の戦争政策を後押しする百田とは対照的に、晩年の原田氏は湾岸戦争をきっかけに、講演などで自身の体験とともに戦争の恐ろしさ、平和の大切さを伝える活動をしていた。 さらに生前の原田氏は安倍首相の歴史認識や戦争に対する考えについて痛烈に批判していた。それは、昨年4月の米紙「ニューヨークタイムズ」のインタビューに原田氏が応じた際のことだ。 当時本サイトでも、「Retired Japanese Fighter Pilot Sees an Old Danger on the Horizon(元日本人戦闘機飛行士は差し迫った古い危機をみる)」と題された、その原田氏のインタビュー記事を、紹介した。
インタビューのなかで、原田氏は、安倍首相の歴史認識や戦争に対する考え方について、こう批判していたのである。 「安倍首相は必死で日本の戦争放棄を取り消そうとしたがっているように見える」「戦後の長い平和がひとつの達成であったということを忘れているように思えてならない」「安倍首相ら最近の政治家は戦後生まれだから、どんな犠牲を払ってでも戦争を避けなければならないということを理解していないのです」 そして続けて、こんな危惧も語った。 「その点で彼ら(安倍首相ら)は戦前の指導者たちと似ているんです」 インタビューの掲載された昨年4月といえば、安倍政権が日本を“戦争できる国”に変える安保法制の国会審議を控えていた時期のこと。 その後安保法制は、憲法も民意も無視したまま強行成立してしまった。そして今さらに、安倍首相は、改憲によってまさに「戦争放棄を取り消そう」と、動いている。 だからこそ今あらためて原田氏の言葉を、私たちは噛み締めるべきではないか。言っておくが、原田氏は決して左翼に転向したわけではなく、別の局面では愛国的な発言もしている。そんな人物が「安倍首相は戦前の指導者に似ている」と指摘したことの意味は大きい。 ニューヨークタイムズのインタビューに対し、「私は死ぬまで、私が見てきたものについて語りたい」「決して忘れないことが子どもたち、そして子どもたちを戦争の恐怖から守る最良の手段なんです」とも語っていた、原田氏。 その戦争と平和への思い、安倍政権への危惧を、以下に再録するので、ぜひご一読いただきたい。(編集部)
4月3日、米「ニューヨーク・タイムズ」に、第二次世界大戦時、零戦のパイロットだった男性のインタビューが掲載された。原田要さん、98歳。元大日本帝國海軍エースパイロットである。 原田さんは真珠湾攻撃では上空直掩隊として艦隊上空を警戒し、セイロン沖海戦、ミッドウェー海戦に参加。ガダルカナル島の戦いで撃墜され、重傷を負いながらも帰国し、教官となって終戦を迎えた。総撃墜数は19機。自らの経験を記録したいくつかの著書を残している。 「Retired Japanese Fighter Pilot Sees an Old Danger on the Horizon(元日本人戦闘機飛行士は差し迫った古い危機をみる)」──そう題された「ニューヨーク・タイムズ」の記事は、長野で行われた原田さんの講演会の描写から始まる。彼はゆっくりと壇上に上がると、セピアに色あせた写真を掲げたという。それは、革のフライトジャケットを着込んだ、若かりし頃の自分の姿だった。 そしてこう語った。 「戦争ほど恐ろしいものはありません」「私は、あなたたちに私自身の戦争体験を伝えたい。若い世代に、私と同じ恐怖を体験させないために」 講演会のあと、原田さんは「ニューヨーク・タイムズ」のインタビューに応じている。 「私は零戦のコックピットから戦争を見ました。いまだに私が殺した兵士たちの顔はよく覚えています」「戦場でのかつての敵兵もまた、私たちと同じように父であり、息子なのです。彼らを憎んだり、知りもしないでいることはできません」「戦争は人間から人間性を奪うのです。全くの他人を殺すか、殺されることを選ばざるをえない状況に置かれることによって」「私は気がつきました。戦争が、私を人殺しへと変えてしまった。私はそうありたかったわけではないのに」 人を殺したくない、そう思っていても、人を殺してしまっている──戦場の現実を知る当事者の言葉は、重い。記事には書かれていないが、原田さんの著書『最後の零戦乗り』(宝島社)には神風特攻のエピソードも記されている。
1943年1月、原田さんは霞ヶ浦航空隊に教官として着任し、海軍兵学校出身者3名を受け持つことになった。そのなかの一人が関行男大尉(2階級特進後、中佐)だった。初の神風特攻により、レイテ沖海戦で戦死した軍人である。 そして、原田さん自身もまた、霞ヶ浦航空隊にいたころ、「参謀肩章を付けたお偉いさん」から特攻の志願を促されたことがあったという。ガダルカナルでともに死の淵に立った戦友は、「命令されたら仕方がない。こうなったら俺は志願するよ」と言って、戦死した。原田さんは「俺はいやだ」と志願しなかったと書いている。 〈ミッドウェーでの「巻雲」での経験、ガ島から病院船での出来事、とにかく私は、 「命を大事にしなくては」 と、最後まで、命はむだにしちゃいけないと思っていた。〉(『最後の零戦乗り』より) ──このエピソードを聞いて、なにかを思い出さないだろか。海軍のエースパイロット、教官に転身、「命を大事に」。そう、百田尚樹『永遠の0』の主人公、宮部久蔵である。原田さんと宮部久蔵は、操縦練習生出身という点でも同じだ。 実は、百田と原田さんは少なくとも一度、会って話したことがあるらしい。『永遠の0』出版後の2010年に、百田はツイッターでそのことをつぶやいていた。実際、そんな縁もあり、前出の『最後の零戦乗り』の帯に百田が推薦文を寄せている。 原田さんは、百田に会ったときに「(主人公の宮部は)いろいろな零戦搭乗員の話を聞いてから作った、ひとりの偶像です。このなかには原田さんも入っています」と聞かされたという。しかし、安倍首相を礼賛し、タカ派発言を連発する百田とは対称的に、原田さんはインタビューのなかで、安倍首相の歴史認識や戦争への考え方に対して、こう「鋭いジャブ」を入れている。 「安倍首相は必死で日本の戦争放棄を取り消そうとしたがっているように見える」、そして、「戦後の長い平和がひとつの達成であったということを忘れているように思えてならない」と。
積極的平和主義の名の下に、日本を再び「戦争ができる国」にしてしまった安倍首相。その口から常日頃飛び出すのは「有事にそなえて」「中国の脅威は予想以上」という国防論だ。そこからは、原田さんが語る「全くの他人を殺すか、殺されることを選ばざるをえない状況に置かれる」「戦争が、私を人殺しへと変えてしまった」という生々しい血の匂いと、背負うことになる罪の重さは、まったく感じられない。 原田さんはインタビューで、「安倍首相ら最近の政治家は戦後生まれだから、どんな犠牲を払ってでも戦争を避けなければならないということを理解していないのです」と語り、そして、こう続けている。 「その点で彼らは戦前の指導者たちと似ているんです」 戦後、眠れないほどの悪夢に苦しめられたと語る原田さん。夢のなかで彼が見続けていたのは、自分が撃墜したアメリカの飛行士たちの怯える顔だった。自身の戦争体験をようやく語れるようになるまでに、何年もの時がかかったという。 記事は、原田さんのこんな言葉で締めくくられている。 「私は死ぬまで、私が見てきたものについて語りたいと思う」「決して忘れないことが子どもたち、そして子どもたちの子どもたちを戦争の恐怖から守る最良の手段なんです」安倍首相や百田に、その「恐怖」は想像もできないらしい。 (梶田陽介) 【出典】LITERA 2016.05.04 |
| 出典:LITERA 2016.05.04 |
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『報ステ』古舘伊知郎が最後の反撃! ドイツ取材で緊急事態条項の危険性、安倍首相とヒトラーの類似点を示唆 LITERA 2016.03.19
昨夜3月18日に放送された『報道ステーション』(テレビ朝日)が、いま大きな話題を集めている。というのも、昨夜の特集は安倍首相が改憲の入口として新設を目論んでいる「緊急事態条項」。しかも、ヒトラーが独裁のために悪用した「国家緊急権」と重ね合わせるという、安倍首相が激怒すること間違いなしの内容で、古舘伊知郎キャスター自らがドイツへ渡りレポートする力の入れようだったからだ。 まず、古舘キャスターはドイツからのレポートの最初に、こう話した。 「ヒトラーというのは、軍やクーデターで独裁を確立したわけじゃありません。合法的に(独裁を)実現しているんです。じつは、世界一民主的なワイマール憲法のひとつの条文が、独裁につながってしまった。そしてヒトラーは、ついには、ワイマール憲法自体を停止させました」 「ヒトラー独裁への経緯というのを振り返っていくと、まあ、日本がそんなふうになるとは到底思わない。ただ、いま日本は憲法改正の動きがある。立ち止まって考えなきゃいけないポイントがあるんです」 独裁の道に走らせたワイマール憲法の条文、それこそが「国家緊急権」だ。「大統領は公共の安全と秩序回復のため必要な措置を取ることができる」という条文をヒトラーは悪用、集会やデモの開催を禁止し、出版物を取り締まり、共産主義者を逮捕し、野党の自由を奪い、あらゆる基本的人権を停止させた。ここまでは教科書にも書いてあることだが、本題はここから。この「国家緊急権」が「緊急事態条項」とそっくりではないか、と言及するのだ。 国家緊急権と緊急事態条項がそっくりだというのは、本サイトでも昨年から繰り返し指摘してきた。安倍政権は大規模な自然災害時に迅速に対応するために緊急事態条項が必要なのだと強調するが、これは建前に過ぎない。事実、自民党による憲法改正草案の該当箇所には、こうある。 《(緊急事態の宣言) 第九十八条 内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる。》 「災害時のために」と言うわりに、自然災害が出てくるのは最後の3番目である。しかも草案では、緊急事態宣言は国会の承認が必要だが事後でもいいことになっており、これは事実上、事後承認でやりたい放題できる、ということだ。
くわえて草案には、ダメ押しで、《この場合においても、第十四条、第十八条、第十九条、第二十一条その他の基本的人権に関する規定は、最大限尊重されなければならない。》とある。つまり、法の下の平等、身体の拘束と苦役からの自由、思想と良心の自由、表現の自由といった人類普遍の権利でさえ「最大限尊重」(厳守ではない)程度の扱いになるのである。 夏の参院選で与党が3分の2以上の議席を獲得し、緊急事態条項の新設となれば、いよいよ本当に安倍首相はヒトラーのように独裁にひた走るのではないか──。実際、昨夜の『報ステ』では、ワイマール憲法の権威であるドイツ・イエナ大学のミハエル・ドライアー教授にこの緊急事態条項を見せたところ、ドライアー教授はこう述べていた。 「この内容はワイマール憲法48条(国家緊急権)を思い起こさせます。内閣の一人の人間に利用される危険性があり、とても問題です。 一見、読むと無害に見えますし、他国と同じような緊急事態の規則にも見えますが、特に(議会や憲法裁判所などの)チェックが不十分に思えます。(中略)なぜ一人の人間、首相に権限を集中しなければならないのか。首相が(立法や首長への指示など)直接介入することができ、さらに首相自身が一定の財政支出まで出来る。民主主義の基本は「法の支配」で「人の支配」ではありません。人の支配は性善説が前提となっているが、良い人ばかりではない」 良い人ばかりが首相になるわけではない。現状の安倍政権の強権的な態度を考えると、じつに含みのある話である。さらに番組ではスタジオゲストとして、昨年の安保法制の国会審議の際、与党の推薦で参考人として国会に招致され「安保法制は違憲」という見解を示した長谷部恭男・早稲田大学法学学術院教授が登場。長谷部教授は、「内閣総理大臣がそう(緊急事態だと)思えば(緊急事態宣言を行える)という、主観的な要件になっている。(発動要件が客観的ではなく)非常に甘い」「場合によっては怪しいと思われれば令状なしで逮捕される、そんなことになるということも理屈としてはあり得る」と緊急事態条項の危険性を述べ、また、“緊急事態条項が必要ならば憲法に入れるのではなく法律を設けたらいい話なのではないか”という見解も示した。 このように、多角的に緊急事態条項を掘り下げた『報ステ』。しかし、古舘キャスターは番組中、「ヒトラーのような人間が日本に出てくるとは到底想定できないんですが」と何度も念を押し、さらには一度たりとも「安倍」という二文字を発しなかった。 だが、この特集のテーマは緊急事態条項と国家緊急権の類似性のみに留まらず、緊急事態条項の新設を目論む安倍首相の危険性をも暗に伝えるものだった。
たとえば、ドイツからのリポートVTRでは、ヒトラーが経済政策と民族の団結を全面に打ち出したこと、ヒトラーが「強いドイツを取り戻す」という言葉で民衆から支持を得ていったこと、そしてヒトラーは巧妙に言葉を言い換え、独裁を「決断できる政治」に、戦争の準備を「平和と安全の確保」と表現していたことを、古舘キャスター自らが紹介した。お察しの通り、これはすべて安倍首相に置き換えられるものだ。 というよりも、ヒトラーの手法を安倍首相が多分に意識し、真似ているといったほうがいいだろう。現に自民党は、自民党東京都支部連合の事務局広報部長(当時)がヒトラーの選挙戦略を学ぼうという『HITLER ヒトラー選挙戦略』(小粥義雄/永田書房)なるナチス礼賛本を出版。高市早苗総務相が「著者の指摘通り勝利への道は『強い意志』だ。国家と故郷への愛と夢を胸に、青年よ、挑戦しようよ!」という推薦文を寄せていた(ちなみに同書は批判が殺到し、わずか2カ月で絶版回収されている)。 まさに、日本がいま置かれた危機的状況のなかで警鐘を鳴らす、渾身の特集。既報の通り、政権からの圧力によって降板に追い込まれた古舘キャスターだが、この放送はそんな古舘氏と番組スタッフたちによる、じつに真っ当な方法による“政権への反撃”だったのだろう。 古舘キャスターは特集の最後を、こんな言葉で締めくくった。 「とにかく立ち止まってじっくり議論をする、考えてみるということが、この条項に関しては必要ではないか、その思いで特集を組みました」 こうした重要な情報を視聴者に伝えるのが、本来の報道の役割であるはず。だが、ヒトラーよろしく日本の独裁政権はこれを“偏向報道”と呼び、不都合な事実を伝えるキャスターたちをことごとく握り潰すことに成功した。 まさしくいま恐ろしい国になりつつあるが、最後に気概を見せた『報ステ』は、古舘キャスター最終日の31日の放送まで見逃せないものとなりそうだ。大いに期待したい。 (水井多賀子) 【出典】LITERA 2016.03.19 |
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海外メディアの特派員たちが安倍政権の報道圧力と権力に飼いならされた日本の報道機関に警鐘を鳴らす! LITERA (リテラ) 2016.01.14
日本国内の報道が危機に瀕している。安倍政権は政権批判を封じ込めるために圧力をかけ、萎縮したマスコミは“自主規制”によって権力に不都合な事実を伝えない。 ところが、そんな状況下でありながら、日本国内の危機意識は薄い。報道への圧力を「反日サヨクの妄想」と連呼するネトウヨはともかく、メディア関係者の中にも「政権からの圧力などありえない」「陰謀論だ」と冷笑する者が多数いることに愕然とさせられる。 どうやら彼らは、現実問題として、海外で日本のメディアがどう位置付けられているかを知らないらしい。 たとえば先日、本サイトは、国連からの命で安倍政権の報道圧力についての調査に乗り出した報告者を日本政府が拒絶した問題をお伝えした。すると1月10日、元・米「ニューヨーク・タイムズ」東京支局長であるマーティン・ファクラー氏が、その本サイト記事『安倍政権の“報道への圧力”全事件簿』(リンク)をリツイートし、拡散。安倍政権の圧力で報道の自由がますます狭められている日本の現状に警鐘を鳴らしたのだ。 実際、海外の特派員は、権力や巨大利権共同体による報道圧力、それにいとも簡単に屈してしまう日本のジャーナリズムを、非常に厳しい目でみているようだ。 昨年、「世界」(岩波書店)15年11月号が「海外特派員が見た 安倍政権・安保法案・日本のメディア」という座談会記事を組んだが、これを読むと、そのことがよくわかる。 中野晃一・上智大学国際教養学部教授を司会に語り会うのは、前述のファクラー氏と、英「エコノミスト」記者であるディビッド・マックニール氏。ともに特派員として長年日本で取材を続けてきたジャーナリストである。 興味深いのは、ふたりとも“安倍政権になって海外メディアで日本についての記事が増えている”と指摘していることだ。とくに慰安婦問題についての日本のメディア報道に対する発言は痛快ですらある。 「ある意味で、私は安倍さんに感謝したい。彼は歴史問題、とくに『慰安婦』問題についてよく発言するから、それに呼応して記事が増えざるをえないわけです」(マックニール氏) 「昨年(14年)八月、朝日バッシングが起きた時に本当におかしいとおもったのは、『慰安婦』問題を世界に広げたのは朝日だという批判があったことです。朝日ではない、安倍政権ですよ(笑)。安倍政権が『慰安婦』問題に言及しなければ、我々も書かないです」(ファクラー氏)
一見、冗談のようだが、これは皮肉。国際的に大恥をさらしたのは「誤報」ではなく、安倍政権が主導した狂乱的な“朝日バッシング”のほうだと言っているのだ。 実際、一昨年の朝日慰安婦報道問題にあたって、各国の特派員やジャーナリスト、識者たちはそろって安倍政権の異様さを指摘していた。例として「週刊現代」(講談社)10月11日号の特集記事「世界が見た『安倍政権』と『朝日新聞問題』」から、その声をいくつか引用する。 「今回の朝日叩きは、政府によるメディアリンチですよ。これは大罪です。そのうち『慰安婦を組織したのは朝日新聞だった』などと言い出すのではないでしょうか。それくらい馬鹿げたことをやっていると思います」(レジス・アルノー氏 仏「フィガロ」東京特派員) 「福島原発も戦争責任も、これまで日本政府が隠蔽してきたことで、朝日はそれらの追及を行ってきたからです。それを安倍首相は、右翼的言動で封殺しようとしている」(バーバラ・オードリッチ氏 独「フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥング」元東京特派員) 「いまの日本で起こっているのは、ずばり『言論テロリズム』です。そのうち、安倍自民党の一党独裁国家になってしまう危険性を孕んでいます」(ダニエル・スナイダー氏 米スタンフォード大学アジア太平洋研究センター副所長) このように、海外では安倍政権によるメディア攻撃に苛烈な批判があがっているのである。ところが“被害者”であるはずの国内マスコミの感度は鈍く、人々もまた政府による「知る権利」の侵害に気がつかない。つまり、ここ日本では、報道の送り手も受け手も、安倍政権を忖度しすぎて、感覚が麻痺してしまっているのだろう。 なぜそうなってしまったのか。理由のひとつは、ファクラー、マックニール両氏の共通した見解である“メディアが政府から自立していない”という問題だ。ファクラー氏は、福島第一原発事故を契機として、とりわけ第二次安倍政権の誕生後に「日本の全国紙やNHKにとって新しいタブー」が兆したと指摘している。 「原発事故後、一時的にですが原子力ムラの権力のメカニズムがあらわに見えたことがありました。既得権益層はそれにまた蓋をしようと躍起になった。まるで事故など起こらなかったかのように、事故前の状況に戻ろうとしたのです。本当は、日本に原発が必要かどうか含め、いろいろな議論が必要なのに、だんだん消えて、メディアの議論も狭い範囲に限定されてしまった」
事実、本サイトで追及してきたように、昨年、“原子力タブー”は完全に蘇ったと言うべき状況となった。安倍政権の原発再稼働政策の興隆と同時に、新聞や雑誌には“原子力プロパガンダ広告”が復活。ご存知のとおり、原発に批判的な論調を継続していたテレビ朝日『報道ステーション』は古舘伊知郎キャスターの降板が決まった。 さらに、昨年に強行可決された安保法制の成立過程を見ても、原発報道と「同じことが言える」という。 「集団的自衛権のような抽象的な言い方を使うから一般人にはよくわからないのですが、もっと根本的な議論が本当は必要だったはずです。日本は平和主義の国であり続けたいのか、外国の軍事基地は必要か、アメリカと対等な同盟国になりたいのか、日本はどういう方向に行くべきか――」
これらは日本国憲法及び日米安保という、戦後日本の根幹的議題を指しているように思えるが、続けて日本メディアの現状をこのように評すのだ。 「こういう大事な論点に一生懸命触れないようにしている。原子力ムラよりさらに大きな既得権益があるからでしょう。いまの官僚体制、自民党支配の全体にかかわっている問題です。だから、議論を狭い範囲に制限しようとする動きがあり、さきほど申し上げたタブーもそういう動きの一環です。メディアも、残念ながら広い意味で官僚制度の一つの部分にしか見えません」 また、マックニール氏も、安保法制に関する報道について「マスメディアの失敗でもある」「大手紙の記者はもっと追及すべきだったのに、政治家からの情報を垂れ流すばかりで、それでは一般市民にはわからない」と苦言を呈している。 日本には記者クラブという珍妙なシステムがあり、海外の目からみれば“官僚制度の一部”と映ってもしかたがない。ようは、新聞やテレビ局は、政府に飼い慣らされることで情報をもらっている。
この構造が、政権批判をして目をつけられてはたまらないといった萎縮を生み、ファクラー氏がいうように、逆に「大事な論点に一生懸命触れないように」する気質が温存され続けるのだ。政治権力による圧力は「反日サヨクの妄想」などではなく、この構造を意識できないほど日本のメディアで内在化しているということだろう。 よくいわれる日本のガラパゴス化は「表現の自由」という民主主義の根幹の部分にまで及んでいるのだ。 (小杉みすず) 【出典】LITERA (リテラ) 2016.01.14 |
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